
「カスハラ」と聞くと、飲食店や小売店などで起こる問題を思い浮かべる方も多いかもしれません。
しかしクリニックでも、受付で大声を出される、何度も同じ内容の電話がかかってくる、スタッフが長時間にわたり苦情対応に追われる、といったことがあります。
こうした行き過ぎた言動は、「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」とも呼ばれ、「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」に該当する場合があります。
2026年10月1日から、従業員を雇用するすべての事業主に「カスタマーハラスメント対策」が義務付けられました。
この義務化は、クリニック等の医療機関も対象となっています。
本コラムでは、クリニックで講じるべきカスタマーハラスメント対策と、気になる「ホームページへの掲載は必要なのか?」について解説します。
目次
カスタマーハラスメントとは?
クリニックにおけるカスタマーハラスメントとは、次の3つをすべて満たすものです。
➀ 患者・家族などからの言動であること
② 社会通念上許される範囲を超えていること
➂ その結果、スタッフの働く環境が害されること
厚生労働省は、カスタマーハラスメントの典型例として、言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの、身体的な攻撃(暴行、傷害等)、精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)、威圧的な言動、継続的・執拗な言動、拘束的な言動(不退去、居座り、監禁等)を挙げています。
また、電話や窓口だけでなく、メールやSNS、口コミサイトなどでの行為も該当する場合があります。
「クレーム=カスハラ」ではない
ここで重要なのは、患者等からの苦情や意見がすべてカスハラになるわけではないということです。
例えば、
「待ち時間を改善してほしい」
「会計について説明してほしい」
といった正当な申し入れは、通常、カスハラには当たりません。
大切なのは、「正当な意見や要望」と「スタッフを傷つける行き過ぎた言動」をきちんと分けて考えることです。
患者等からの意見には丁寧に対応する。一方で、スタッフへの暴言や威圧的な行為などには、クリニックとして適切に対応する。
この考え方が重要です。
クリニックとしてやるべきこと(義務化対応)
カスハラを防止するために、クリニックの院長などの事業主は、厚生労働省の指針(カスタマーハラスメント防止指針)に規定された「カスタマーハラスメントの防止のために講ずべき措置」(下記①~⑩のすべて)を必ず講じなければなりません。
※厚生労働省の指針では、「対策を講ずる際には、消費者の権利や、障害者差別解消法における、障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供義務に留意する必要」があるとされています。
事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発
①カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発する
「カスタマーハラスメントに対しては毅然とした態度で対応し、スタッフを守る」という旨の方針を明確にし、スタッフに示さなければなりません。
例えば、以下のような方針です。
当院は、患者さまやご家族からいただくご意見・ご要望を真摯に受け止め、より良い医療サービスの提供に努めております。一方で、スタッフの人格を否定する言動、暴力、脅迫、威圧的な言動、長時間にわたる拘束など、社会通念上許容される範囲を超える行為に対しては、毅然とした態度で対応し、スタッフを守ります。
これを受付、看護師、医療事務など、スタッフ全員に伝えておきます。
②カスタマーハラスメントの内容およびあらかじめ定めた対処の内容を、労働者に周知する
カスタマーハラスメントの内容や、カスタマーハラスメントへの対処の内容について、スタッフに周知する必要があります。
どこからが「カスハラ」なのか整理する
クリニック内でカスハラに該当する可能性がある行為を整理しましょう。
例えば、以下のような行為です。
- 大声でスタッフを威圧する
- スタッフを侮辱する、人格を否定する、差別的な発言を行う
- SNS等への投稿をほのめかすなどして、スタッフを脅す
- 暴力を振るう、物にあたる
- 同じ要求や苦情を執拗に繰り返し、長時間にわたりスタッフを拘束する
- スタッフへのセクシャルハラスメント、ストーカー行為(個人の住所や連絡先などを聞き出そうとする、無断で撮影する等)
- 正当な理由なく、著しく過剰な対応を要求する(必要以上の謝罪や土下座を要求する等)
ただし、何を「カスハラ」と判断するかは、業種や業務の性質によって異なります。
特に医療機関では、患者の病状なども考慮し、事案ごとに状況を確認して判断する必要があります。
「一人で対応しない」ためのルールを作る
受付で患者等から強い口調で長時間にわたって苦情を受けている場合、受付担当者が一人で対応を続けるのは避けたほうがよいでしょう。
「苦情が○分以上続いたら事務長に引き継ぐ」
「暴力や脅迫があった場合は、すぐに院長へ報告する」
など、困ったときに誰に相談すればよいのか、どのタイミングで上司に代わってもらえばよいのか、スタッフ自身が判断できることが大切です。
研修等で対応ルールを周知する
カスハラへの対応ルールの周知は、研修等の形で行うことが考えられます。
管理者や中途入社のスタッフを含む全員が、あらかじめ決めた手順に沿って対応できるようにしておきましょう。
相談対応体制の整備
③相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する
カスタマーハラスメントを受けたスタッフが相談できるように相談窓口を設置し、スタッフに広く周知する必要があります。
といっても、小さなクリニックが専用の部署をつくる必要はありません。
「カスハラに関する相談は事務長が受け付ける」
「事務長が当事者の場合は院長が受け付ける」
など、相談先を具体的に決めておきましょう。
④相談窓口担当者が、適切に対応できるようにする
相談窓口担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにする必要があります。カスタマーハラスメントが実際に発生している場合だけでなく、発生のおそれがある場合やカスタマーハラスメントに該当するか判断がつかない場合にも、相談者に配慮しながら慎重に相談に応じる必要もあります。
相談を受ける側である相談窓口担当者は、事実関係の確認や患者等への対応、相談者へのフォローなどの役割を担うことになります。
対応基準や手順を理解し、ケーススタディ等を通じて対応を想定しておきましょう。
カスタマーハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
⑤事実関係を迅速かつ正確に確認する
カスタマーハラスメントの発生後など、スタッフから相談があった場合には、事実関係を迅速かつ正確に確認する必要があります。
カスハラが疑われる事案が発生した場合は、
- いつ・どこで・何が起きたのか
- 患者等からどのような言動があったか
- スタッフがどのように対応したか
といった事実関係を時系列で整理します。
必要に応じて周囲のスタッフへの聞き取りや録音・録画なども確認し、正確に状況を把握・記録しましょう。
⑥被害者に対する配慮のための措置を適正に行う
スタッフがカスタマーハラスメントの被害を受けた場合、速やかに被害を受けたスタッフに対する配慮のための措置を適正に行う必要があります。
暴力行為等があった場合は、まずはスタッフの安全を確保します。
また、スタッフにメンタルヘルス不調の兆候がある場合は、臨床心理士等の専門家への相談や、専門の医療機関への受診を促しましょう。
⑦再発防止に向けた措置を講ずる
改めてカスタマーハラスメントに関するクリニックの方針を周知・啓発する必要があります。
カスハラの事例を共有・検証し、ルールの見直し・改善を図りましょう。
苦情がカスハラに発展したようなケースについては、職場環境の改善や組織風土の見直しが、再発防止につながる可能性もあります。
対応の実効性を確保するために必要なカスタマーハラスメントの抑止のための措置
⑧特に悪質と考えられるカスタマーハラスメントへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する
特に悪質と考えられるものへの対応の方針をあらかじめ定め、管理者を含むスタッフに周知する必要があります。併せて、この方針において定めた対応を行うことができる体制を整備しなければなりません。
対応方針としては、スタッフの身の安全に関わる言動については警察へ通報する、警告文を発出する、出入りを禁止する等が挙げられます。
その他併せて講ずべき措置
⑨相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知する
カスタマーハラスメントに関する相談への対応または当該カスタマーハラスメントに関わる事案の対応に際しては、相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨をスタッフに対して周知する必要があります。
⑩相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する
カスタマーハラスメントに関して相談窓口等に相談をしたこと、もしくは事実関係の確認などに協力したことなどを理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、スタッフに周知・啓発しなければなりません。
ホームページへの掲載は必要?
ここで気になるのが、
「カスハラについてホームページに掲載しないといけないの?」
という点ではないでしょうか。
結論からいうと、「カスハラ対策の義務化=カスハラ対策についてホームページへの掲載が必要」というわけではありません。
厚生労働省が「必ず講じなければならない措置」として示しているのは、カスハラに対する方針の明確化や相談体制の整備、スタッフへの周知・啓発です。
一方で、患者等にクリニックの考え方を伝え、カスハラに対する理解・認識を深めてもらうという意味では、ホームページに基本方針を掲載しておくことにはメリットがあります。
ホームページに掲載する3つのメリット
① 来院前に方針を伝え、トラブルを未然に防ぐ
カスハラ対策の基本方針を事前に伝えることで、患者等に適切な対応を促し、トラブルの防止につなげることができます。
② スタッフを守る姿勢を示せる
カスハラへの対応方針を公表することで、クリニックとしてスタッフを守る姿勢を示し、安心して働ける環境づくりにつなげることができます。
③ クリニックの考え方を明確にできる
患者等からの正当な意見・要望を尊重しながら、スタッフの安全や尊厳も守るというクリニックの考え方を分かりやすく発信できます。
ホームページには、どのような内容を掲載すればよい?
掲載する場合は、例えば「カスタマーハラスメントに対する基本方針」というページを設け、次のような内容をまとめる方法があります。
- 患者・家族からの意見・要望には、丁寧に対応すること
- 暴力、脅迫、暴言、威圧的な言動など、社会通念上許容される範囲を超える行為には、スタッフを守るため適切に対応すること
- 悪質なケースでは、必要に応じて警察などの関係機関に相談すること
前項➀➁で定めたクリニックとしての考え方や対処方法を、患者等にも分かりやすい言葉で伝えることが大切です。
ポイントは「苦情は受け付けません」という内容にしないこと。
正当な意見や要望を尊重しながら、行き過ぎた言動からスタッフを守る姿勢を伝えましょう。
また、ホームページの内容は、院内で実際に運用するルールと一致させる必要があります。
院内の基本方針や対応方法を整えたうえで、掲載内容を検討しましょう。
カスハラ対策には、ポスターの活用も
カスハラに関する周知・啓発には、待合室等にポスターを掲示する方法もあります。
日本医師会では、医療機関におけるカスハラへの注意喚起を目的としたポスターを作成し、公式サイトで公開しています。
ホームページへの掲載やポスターの活用は、カスハラの未然防止につながる取り組みの一つです。
カスハラ対策チェックリスト
自院のカスハラ対策について、次のチェックリストで確認してみましょう。
□【方針表明】カスハラに毅然と対応し、スタッフを守る基本方針を定め、スタッフ全員に周知している
□【対応ルール】カスハラに該当する行為や対応方法を定め、研修等を通じてスタッフに周知している
□【相談窓口】カスハラについてスタッフが相談できる窓口・相談先を決め、周知している
□【相談担当者の対応】相談窓口担当者が対応基準や手順を理解し、適切に対応できるようにしている
□【事実確認・記録】カスハラが発生した際、事実関係を迅速かつ正確に確認し、記録できるようにしている
□【被害者への配慮】被害を受けたスタッフの安全確保や心身のケアなど、必要な対応ができるようにしている
□【再発防止】発生した事例を共有・検証し、方針の再周知や対応ルールの見直し・改善を行えるようにしている
□【悪質事案への対応】悪質なカスハラへの対応方針を定め、警察への通報等を含め、必要な対応ができる体制を整えている
□【プライバシー保護】相談者などのプライバシーを守るためのルールを定め、スタッフに周知している
□【不利益取扱いの禁止】相談や事実確認への協力などを理由に、スタッフが不利益な取扱いを受けないことを定め、周知している
おわりに
カスハラ対策は、スタッフを守り、安心して働ける環境を整えるための大切な取り組みです。
今回の義務化をきっかけに、まずは自院の基本方針や対応ルール、相談体制を確認し、不足している部分から一つずつ整えていきましょう。
参考資料
- 「2026年(令和8年)10月1日から、カスタマーハラスメント対策、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が義務化されます!」(カスタマーハラスメント防止指針)
- 「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」
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